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壮絶な介護現場【ロスト・ケア/葉真中顕】感想〈彼〉を100%の悪だと言い切れる人間がいるだろうか

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サウナ探偵です。

今日は、介護保険法の問題点、高齢者の格差を大量殺人事件という題材で描いた葉真中顕氏の「ロスト・ケア」をご紹介。

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あらすじ

戦後犯罪史に残る凶悪犯に降された死刑判決。その報を知ったとき、正義を信じる検察官・大友の耳の奥に響く痛ましい叫び――悔い改めろ!介護現場に溢れる悲鳴、社会システムがもたらす歪み、善悪の意味……。現代を生きる誰しもが逃れられないテーマに、圧倒的リアリティと緻密な構成力で迫る! 全選考委員絶賛のもと放たれた、日本ミステリー文学大賞新人賞受賞作。
引用元:光文社文庫

著者について

著者は葉真中顕氏。ハマナカアキと読む。本作で日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。
葉真中氏に出会ったきっかけは、書店で平積みされていた「政治的に正しい警察小説」。タイトル買いして、読みやすい文章とテンポ良いストーリーに気に入ってしまった。
こちらはブラックジョークの短編集だが、「ロスト・ケア」は骨太の社会派ミステリだ。

誰も逃げられない介護

ほぼ全ての人間が人生の最後に関わる課題、介護。
厚生労働省の「平成28年度簡易生命表」によると、平均寿命と健康寿命の差は、男性では約9年、女性では約12年となっている。
この年数がそのまま、程度の差こそあれ介護が必要となる期間になるわけだ。

いや、長くね??
長いよな?

お金がある人は老人ホームにお願いして、衣食住の面倒を見て貰えばいい。
たくさんお金がある人は衣食住の満足を超えた快適な暮らしを手に入れることができる。
老人ホームに入居できるほどのお金がない人はデイサービスなど、限定的なサービスを利用する。
そのお金もない人は、全てを家族が担う。担い手は、多くが子供だ。

お金がある人は要介護者もその家族も、それぞれ快適で独立した暮らしを送ることができる。

お金がない人は、家族全員を巻き込んだジリ貧の悪循環にはまる。その中で「死は救済」という考えが頭をよぎる。

そんな高齢者の格差と介護の現場をセンセーショナルな殺人鬼を通して描いた作品が「ロスト・ケア」だ。


介護保険法の罠

本作で語られるのは高齢者の格差だけではない。介護に関わる職員の人々を苦しめる介護保険法の問題点にも切り込んでいる。

介護保険法の施行に伴い、散々煽られに煽られた介護ビジネス。高齢化社会のこれからは、介護ビジネスがぜってえ儲かるんだぜって、お国から直々のクソ煽り。
蓋を開ければ改正、もとい改悪が繰り返され、介護現場で働く人間は賃金面でも環境面でも疲弊するばかりとなった。

そんな追い詰められたら、悪いことに走っちゃう人もいるよね。いたわ。


データを駆使した犯人指摘

本作は社会問題にフォーカスした、いわゆる社会派ミステリーだ。社会派ミステリーといえば、十角館の無能エラリイ君の言うところの以下のような作品だ。

1DKのマンションでOLが殺されて、靴底をすりへらした刑事が苦心の末、愛人だった上司を捕まえる。――やめてほしいね。汚職だの政界の内幕だの、現代社会のひずみが産んだ悲劇だの、その辺も願い下げだ。
引用元:十角館の殺人


確かにこういう感じの作品だけども、「ロスト・ケア」はちょっと違う。気力と体力で犯人を追い詰める文系的、体育会的な社会派ミステリとは異なる。いわば理系的な、データを駆使した鮮やかな解決編が持ち味の作品だ。エレガントと言ってもいい。

ただしいわゆる本格ミステリとは違い推理材料が全て読者に提示されないので犯人当ては無根拠にしかできない。

まあ本作の本質は犯人が誰とかじゃあないんだけど。

まとめ


ある正しさは、立場が変われば全くの間違いになることもある。安全席から押し付けられた正義(=法律)によって当事者の誰もが疲弊することもある。

世の中に100%正しいことって、あるのだろうか?法律で決まってるから「犯罪」だとしても、必ずしもそれが「罪」だと断定できるのだろうか?

「ロスト・ケア」は介護現場の歪みを通して読者にこう問いかけている。

ロスト・ケア (光文社文庫)

ロスト・ケア (光文社文庫)


「ロスト・ケア」がオススメの人

・介護中
・介護現場で働いている
・老若男女

おわり。


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