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「琥珀の秋、0秒の旅」八目迷 感想&考察 止まった時を旅する少年少女の相互理解 ちょっとだけネタバレ


またいいの書いてくれましたね。

止まった時を戻すための旅

ども、サウナ探偵です。
夏トンの映画化でいまノリにノってる八目迷氏の新刊「琥珀の秋、0秒の旅」をご紹介。
結末についてのネタバレはないよ。

夏トン、きのうの春で、に続く「時と四季」シリーズの3作目、秋編。

春夏のあとに「ミモザの告白」を挟んでの秋。
ミモザで性的マイノリティというクソセンシティブテーマを巧みに操っただけあって、大分グレードアップみを感じる。

周りの時間が完全に止まった中で、函館から東京まで徒歩で行くボーイミーツガール。

にしても「琥珀の秋」って検索するとビールばっかり出てくんのいいかげんにせえよ。


あらすじ

東京の高校生麦野は人に触られることを恐怖に感じる少年。
函館の高校生井熊は家庭環境に難ありの不良家出少女。

麦野が修学旅行で訪れた函館で、突然全ての時が止まる。
時の停止した函館で出会う2人。止まった時を戻すため、事情を知っていそうな麦野の叔父の家を目指し、徒歩で東京を目指す。

道中ですれ違いつつも、相互理解を深めていく彼ら。次第にこう思うようになる。

この生きにくい世界の時を進める必要があるのだろうか、と…。

という話。

ありがとうございます。大好物です。

主な登場人物は2人。なんとも明快な旅モノ。
旅モノって俺は大好物で、いろんなとこ行ったりいろんなすれ違いとか和解とか体調不良とかを経て絆が深まるみたいのちょー好きなんよね。

旅モノの良さが詰まってる。目的地があって、寄り道や回り道もしつつ、見たこともない景色に感動したり、自然の洗礼を受けたり。


「イリヤの空、UFOの夏」の最後の方みたいな。小学校泊まるし。


「旅に出よう、滅びゆく世界の果てまで」みたいな。
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逆にいうと「こういうのが好き」って言える時点で目新しさは無いのよ。よくある旅モノのお作法通りというか。
違うのは「時間が止まってる」というところ。

時間の止まった旅の面白さ

この「時が止まっている」ということが作品に様々なスパイスを与えている。
時が止まっているので電気も使えない、水道も使えない
となると、食糧、風呂、洗濯がかなり難しくなってくる。

初めはコンビニでパンを調達するときにレジにお金を置いていたが、資金もつきる。
自ずと盗まなくてはいけなくなるし、風呂も「時間停止時点で既に張ってあるお湯」つまり温泉とかに勝手に入る他ない。

マネキンのように周りの人が停止する中、食糧を調達したり風呂に入ったりするのは異様な光景だろう。そういう想像も面白い。

当然公共交通機関は使えないし、物理現象が停滞しているため(慣性が働かないため)自転車のペダルもめちゃくちゃ重い。
北海道から脱出するには新幹線用の青函トンネルを歩くしかない。なんと50キロ以上もの暗闇
時が止まってるからこその逆境、時が止まってるからこその利点がうまく絡んでくる。

で、時が止まることによって何が起こるかはわかったけど、なんで時止まってんの?って話になると思う。

この独特なSFの扱い

その、時が止まった合理的な理由は不明
おそらくこうなんじゃないか、という推測はなされる。
時間停止が麦野と井熊にだけ起こった理由は不明。
記憶の扱いとか、色々ガバいところはある。

麦野自身は時間停止下の物理現象についていろいろ検証しており、ある程度の法則は掴んでいる。し、例外的な事象も掴んでいる。
ここはもしかしたら作者的に「こういうの考慮してないわけじゃ無いよ」というアピールの意味もあるのかも。

このへんはよく言えば想像の余地あり、悪く言えばデウスエクスマキナといったところ。意図的な曖昧さであることは間違いない。

このSF要素の独特な曖昧さの是非については、「新海誠とか細田守みたいな土壌がないだけ」みたいなことを前に書かせてもらった。
SF要素でキャッチして少年少女の成長物語に引き摺り込む、みたいな流れがまだ認識されていないという。
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で、まあ本作は「時と四季」シリーズの3作目っつーことで、おそらく多くの人は春夏を読んだあとというわけで。
非常にこの絶妙さがクセになってきた。気がする。

育ってきてると思う、土壌。俺だけかな??
それともみんなそもそも気になってない??

八目作品恒例のくだり

特に好きなのは3章。

八目作品には「自分の信念からくる正義と、相反する相手の行動、その真意」みたいな流れが必ずある。自分の理解の甘さ、浅はかさに気付かされる場面。
俺はこの部分が八目作品の好きなとこだし、彼も意図してこのシーンを入れているのだと思う。

井熊が乾電池を盗んだことを許せない麦野は、彼女と険悪な雰囲気になってしまう。こんな状況だが、必需品でないものを盗むのは違うと。

しかし井熊の行動の理由を知ると、麦野は考えを改めるのだ。視野が狭かったと。

固定観念や思い込みが、独りよがりであると自覚するというシーンだ。

本編のネタバレにならないよう、別の例を話してみる。
例えば、見た目には健常者に見えるのに、障がい者用駐車場を使う人がいて、悪い奴だと思う。しかし批判する前に立ち止まる。彼はもしかしたら肺が悪くて長い距離を歩くのが大変なのかもしれない。

視野を狭めることは、心が狭くなることと同義かもしれない。
ある事象が本人にとってどれほどの問題であるかは、他者が測れるものではない。

この井熊に対する不理解と理解の流れは、麦野自身の「人に触られることが恐怖である」という本人にとっては大問題だが周りの不理解に苦しむという状況と対の構造になっている。

不理解と理解を相互に経験することで、2人の距離は確実に縮まった。
まさに雨降って地固まる。文字通り。雨降ってるし。

まとめ

ここにきて非常にお作法通りの一作だった。
これまでの春夏ミモザの独自性から考えると、大枠には既視感のある一作。

しかしだからこそ、八目作品の細かいところの独自性が際立っているように感じた。
彼が大事にしているであろう部分は感じ取れた。

あとはこのシリーズは冬やね。冬。エモそう。
あと夏トンの映画楽しみやね。近所の映画館でやらねぇんだよ。シット。

おわり。

他の八目迷作品の感想
俄然おすすめなのは「ミモザの告白」。大好き。

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